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概念と実体③

 ちょっと話がややこしくなってしまいましたが、別に私は難民なんていないとか、そういうことを言いたいのではありません。私が言いたかったのは、「難民問題に関わる人には自分の目で見たものから実体と概念の双方を再考してほしい」ということです。今まで散々述べてきましたが、我々が普段当たり前のように使っている“難民”や“庇護”、“人権”といった概念は西洋の社会の中で醸成されてきたものです。それゆえ本来的にはこれら概念はヨーロッパ社会にしか当てはめることはできません。国境が地続きで何百年もの間人の往来があったヨーロッパと、海に囲まれて長く外国人の受け入れを拒んできた日本とでは、当たり前のことながら全くコンテクストが異なります。加えて“難民”という言葉は主として権力を持つもの(=国民国家)の立場から考案され、そして用いられてきた概念でもあります。難民と呼ばれる人々が自分たちを難民として定義したのではありません。国民国家が越境管理と主権の境界を画定していく中で“難民”という「国民国家の枠組みから外れた人々」をいかにして制御するかを考え、彼らを難民と規定しその存在を“難民として”扱うことを決めたのです。このように難民に関する諸々の概念は西欧の下で――しかも国民国家の枠組みの下で――生み出されてきたものであり、日本の今の問題に即して考えた場合、必ずしも有効であるとは言えません。ですから日本の難民・庇護希望者問題は日本の文脈に即して、今一度「誰が救われなければならないのか?」、「どういう思想に基づけば彼らを保護することができるのか?」といったことを一から考えなければならないのではないのです。「人権を保護しなければならないから」とか「国際的な責任を果たさなければならないから」といった議論の立て方も可能ですが、それよりも「いかにして日本で起きているこの現象を(難民問題とは異なる方法として論じる可能性も含めて)問題として立ち上げ、また安易に既存の概念を用いることなく解決方法を考えることが可能か」を検討することこそが重要なのではないでしょうか?
(次回は6月30日です。)

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