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日本から出て行った難民?② 

こぼれ話

 難民救済法に規定されている難民の定義は以下のようなものです。

 迫害や迫害の恐れ、自然災害や軍事行動によって居住地を追われて戻ることができない者で、再定住をしておらず、かつ緊急の援助を必要としている者、また共産主義者でなく共産圏にいない者(any person in a country or area which is neither Communist nor Communist-dominated, who because of persecution, fear of persecution, natural calamity or military operations is out of his usual place of abode and unable to return thereto, who has not been firmly resettled, and who is in urgent need of assistance for the essentials of life or for transportation)

(参照:Documents of American History II

日本政府はこの定義の中の自然災害(national calamity)という部分に着目し、これを建前にして日本人をアメリカに移住させられると考えたわけです。この法律について1954年に外務省の移民課長がこんなことを言っています。

 (引用者注:日本人をどうやったら海外に送り出せるかという話。)それから次にアメリカ合衆国の五百名ということを考えておりますが、難民救済法が昨年できまして、戦災者でありますとか、或いは中共地区からの引揚者でありますとかいうような、或いは風水害の被災者でありますとかいうような人々で、そのために現にまだ定着できないでいる生活の非常に困窮しているようなものにつきましては、アメリカが難民救済法に基きまして入国を許可するわけでございます。全体ではアメリカは二十万人の入国を許可することになつております。この法律自体が大体がヨーロツパの、殊に東独からの避難民というようなものを対象としてできておりますから、極東地域は僅か三千人しか割当がないのでございます。ただ中国は別でございますが、中国を別にいたしまして、極東地域で三千人の割当がある、そのうち然らば日本人が何人入れるかということは実はわからないのでございますが、まあフィリピンなり、朝鮮なりその他の所と競争しながら一人でも多く向うに送りたいということで来年は五百人送りたい。…」

(1954年の運輸委員会の議事録より:強調は引用者)

 この発言を見たときは本当に驚きました。外務省が国策として、一人でも多くの日本人を国外へと=しかも難民として=送り出そうとした時代があったわけです。ちなみにここで言う「風水害」とは台風などを指しており、鹿児島などの地域から1000人程度の人々が移住したようです。
(続く・・・次回は7月28日です。)

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日本から出て行った難民?① 

こぼれ話

 ちょっと今週は多忙であったため、雑学的な内容になります。普段私が庇護希望者のことを語るときには“日本へ来る”庇護希望者についてやるわけですが、実は今から五十数年前には“日本から出る”庇護希望者がいました。今日はそんな話です。
 今日難民問題をやっているとよく耳にするのが偽装難民とか、経済難民という言葉です。偽装難民とは“本来の目的(大抵は出稼ぎなど)を偽って、難民の枠で入国を試みる人々”という意味ですが、実はこれにかなり近いことを日本がやっていた時期があります。しかも国家の政策としてです。
 ちょうど今から五十数年前、日本は終戦によって植民地を失い、満州をはじめとする外地から帰ってくる320万人以上の引揚者(軍人を含めると600万人以上)を受け入れなければならなくなりました。とはいえ、そもそも国内で国民を養いきれないから満州国を作ったわけで、戦争に負けたからと言って、国内で引揚者を吸収することはできません。そこで政府が目をつけたのが、日本人の海外移住でした。ブラジルやドミニカ、ボリビア、ペルー、チリ、アルゼンチンなどなど、とにかく送り出せるところであれば一人でも多く日本人を送り出そうと日本政府はあらゆる情報を集めました。
 そんな中でアメリカ合衆国にも「ある方法」を用いることで移民を送り込むことが可能であることが分かりました。それが「難民救済法(Refugee Relief Act of 1953)」です。名前の通り、これは“難民を救済するための法律”です。もっとも難民とは言っても、1951年の定義とは若干異なり、むしろ今日の避難民に近いものでした。
(続く・・・次回は7月14日です。)

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概念と実体③ 

用語・概念・イメージ

 ちょっと話がややこしくなってしまいましたが、別に私は難民なんていないとか、そういうことを言いたいのではありません。私が言いたかったのは、「難民問題に関わる人には自分の目で見たものから実体と概念の双方を再考してほしい」ということです。今まで散々述べてきましたが、我々が普段当たり前のように使っている“難民”や“庇護”、“人権”といった概念は西洋の社会の中で醸成されてきたものです。それゆえ本来的にはこれら概念はヨーロッパ社会にしか当てはめることはできません。国境が地続きで何百年もの間人の往来があったヨーロッパと、海に囲まれて長く外国人の受け入れを拒んできた日本とでは、当たり前のことながら全くコンテクストが異なります。加えて“難民”という言葉は主として権力を持つもの(=国民国家)の立場から考案され、そして用いられてきた概念でもあります。難民と呼ばれる人々が自分たちを難民として定義したのではありません。国民国家が越境管理と主権の境界を画定していく中で“難民”という「国民国家の枠組みから外れた人々」をいかにして制御するかを考え、彼らを難民と規定しその存在を“難民として”扱うことを決めたのです。このように難民に関する諸々の概念は西欧の下で――しかも国民国家の枠組みの下で――生み出されてきたものであり、日本の今の問題に即して考えた場合、必ずしも有効であるとは言えません。ですから日本の難民・庇護希望者問題は日本の文脈に即して、今一度「誰が救われなければならないのか?」、「どういう思想に基づけば彼らを保護することができるのか?」といったことを一から考えなければならないのではないのです。「人権を保護しなければならないから」とか「国際的な責任を果たさなければならないから」といった議論の立て方も可能ですが、それよりも「いかにして日本で起きているこの現象を(難民問題とは異なる方法として論じる可能性も含めて)問題として立ち上げ、また安易に既存の概念を用いることなく解決方法を考えることが可能か」を検討することこそが重要なのではないでしょうか?
(次回は6月30日です。)

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概念と実体② 

用語・概念・イメージ

 概念と実体の関係で厄介なのは、ひとたび概念が作られ、それに符合した実体が切り出されてしまうと、概念を根本的に見直すような視点が立てづらくなってしまう(=あたかもそれが最初から自明であったかのように思えてしまう)という点にあります。例えば難民という概念、これが誰を指すかは議論が分かれるにしても、少なくとも今日“難民と呼ばれる人々が存在すること”については誰も異を唱えません。難民保護を巡る議論でも「どこまでが難民なのか?」「いかにして難民を保護するのか?」という問いは立てられるものの、「そもそも難民なんて人々はいるの?」という疑問はほとんど出されません。
 しかし、難民という存在は“作られたもの”です。彼らは西洋によって生み出された難民(Refugee)という概念に基づいて“切り出された”人々であり、最初から難民として存在していたわけではありません。難民問題を考えるとき、我々は難民という存在を所与のものとして扱ってしまう傾向があります。しかし、難民とは我々が庇護の論理から生み出した想像の産物であり、我々が難民と考えている人々が本当に“難民として”論じられるべきなのかという点についてはしっかりと考えていかなければならないのです。
(続く・・・?次回は6月16日です。)

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概念と実体① 

用語・概念・イメージ

 難民って何?そう聞かれた時にどう答えるのかは人によってまちまちです。例えば法律を勉強している方であれば「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」という難民条約の“定義”を答えるかもしれませんし、現場でみっちり難民支援をしている方でしたら、「○○さんとか、△△さんみたいな人だよ~」と“人”で説明するかもしれません。さらに難民問題のことあまりを知らない人の場合には「食べるものがなくて可哀そうな人たち」と“イメージ”を答えることも考えられます。
 このように“難民”という言葉はあるときは難民の定義(概念)を指し、またある時は難民という人々(実体)を指します。まあ当たり前といったら当たり前なんですが、問題なのはこれらの概念や実体というものが必ずしも自明ではなく、しかも概念と実体は常にお互いに干渉し合いながら変化しているという点です。もし最初から明らかに識別可能な難民という集団がいて、その人たちを難民と定義するなら話は簡単でした。(定義と人々が完全に一致するから)しかし実際にはそうではありません。現状は簡単には線引きできないような人々の集まりに対して、とりあえず難民という概念を設定し、その概念に基づいて実体を“想定している”に過ぎないのです。

(続きます。次回は6月2日です。)

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